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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)281号 判決 2000年9月07日

原告

興研株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

河合弘之

清水三七雄

同弁理士

【B】

【C】

被告

【D】

訴訟代理人弁理士

【E】

【F】

同弁護士

関根志世

主文

特許庁が平成9年審判第3320号事件について平成11年7月15日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、発明の名称を「複合プラスチック成形品」とする特許第1861173号発明(昭和60年3月19日出願、平成6年8月8日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成9年3月3日、本件発明に係る特許を無効にすることについて審判を請求し、同請求は平成9年審判第3320号事件として審理された。被告は、この審理の過程で、本件発明に係る明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。特許庁は、同事件について、平成11年7月15日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同年8月6日、原告に送達した。

2  特許請求の範囲請求項1の記載

(1)  本件訂正前

ポリプロピレン樹脂を金型内に溶融射出成形し、その固化後、スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマーを溶融射出して、ポリプロピレン部材の表面に、スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマー部材を立体的且つ一体的に融着成形させることを特徴とする複合プラスチック成形品の製造方法。

(2)  本件訂正後(以下、この発明を「訂正発明」という。)

ポリプロピレン樹脂を金型内に溶融射出成形し、その固化後、スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマーを溶融射出して、ポリプロピレン部材の表面に、何らの接着剤を使用しないで、スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマー部材を立体的且つ一体的に融着成形させることを特徴とする複合プラスチック成形品の製造方法(但し融着面がオス-メス型の凹凸形状または入り組んだ接合面となっているものを除く)。

3  審決の理由

別紙審決書の理由の写しのとおり、(1)平成11年1月18日付け手続補正書による訂正請求書の補正(以下「本件補正」という。)は、適法なものであり、(2)本件訂正請求は、特許法(平成6年法律第116号による改正前のもの、以下同じ。)134条2項、同条5項で準用する同法126条2ないし4項の規定に適合するので、訂正を認める、としたうえで、(3)本件発明(訂正発明)は、特許法36条3項及び4項に規定する要件を満たしておらず、また、「プラスチックス」34巻8号29~35頁(株式会社工業調査会昭和58年8月1日発行、審決の甲第2号証、本訴の甲第15号証、以下「甲第15号証刊行物」という。)、特開昭53-56889号公報(審決の甲第7号証、本訴の甲第16号証、以下「引用例1」という。)、米国特許第4086388号明細書(審決の甲第8号証、本訴の甲第17号証、以下「引用例2」という。)、特公昭58-40488号公報(審決の甲第13号証、本訴の甲第18号証、以下「引用例3」という。)、特開昭52-112047号公報(審決の甲第16号証、本訴の甲第19号証)、特開昭52-121663号公報(審決の甲第17号証、本訴の甲第20号証)、特開昭54-110269号公報(審決の甲第18号証、本訴の甲第21号証)、特開昭58-20418号公報(審決の甲第19号証、本訴の甲第22号証)、米国特許第4385025号明細書(審決の甲第20号証、本訴の甲第23号証)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるという原告の主張に対し、その理由及び提示する証拠方法によっては、同発明に係る特許を無効とすることはできない、と認定判断した。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由Ⅰ(手続の経緯)は認める。同Ⅱ(訂正の適否についての判断)の1(訂正の内容)、2(訂正請求に対する請求人の主張の概要)は認める。同Ⅱの3(訂正の適否)の(1)(手続補正について)は7頁14行ないし8頁11行を、同Ⅱの3の(2)(訂正請求書について)は9頁5行ないし18行を、それぞれ争い、その余を認める。同Ⅱの3の(3)(訂正後の特許請求の範囲に係る発明が独立して特許を受けることができるものであるかどうかの検討)の(本件発明)は、10頁4行ないし18行を争い、その余を認める。同Ⅱの3の(3)の(判断)の1(理由(2)について)は、12頁13行ないし13頁19行を争い、その余を認める。同Ⅱの3の(3)の(判断)の2(理由1について)は、20頁13行ないし24頁10行を争い、その余は認める。同Ⅲ(特許無効の請求の理由についての判断)は、2(判断)を争い、その余は認める。同Ⅳ(結論部分)は争う。

審決は、①本件補正についての判断を誤り(取消事由1)、②本件訂正について特許法126条1項、2項の要件の判断を誤り(取消事由2)、③訂正発明について同法36条4項の要件の判断を誤り(取消事由3)、④訂正発明について進歩性の判断を誤った(取消事由4)結果、本件訂正が許されないことを看過したものであって、これらの誤りが、審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(本件補正についての判断の誤り)

審決は、本件補正のうち、訂正された特許請求の範囲の「融着成形させることを特徴とする複合プラスチック成形品の製造方法」を「融着成形させることを特徴とする複合プラスチック成形品の製造方法(但し融着面がオス-メス型の凹凸形状または入り組んだ接合面となっているものを除く)。」とする補正を適法なものと判断したが、誤りである。

本件訂正前の本件発明に係る明細書及び図面(以下、これらをまとめて「訂正前明細書」という。)には、融着面がオス-メス型の凹凸形状または入り組んだ接合面となっているものを除くことに関しては何らの記載も見当たらず、特許請求の範囲から除かれる「融着面がオス-メス型の凹凸形状または入り組んだ接合面となっている」場合が、直接的かつ一義的に導き出せるものではない。

また、このような記載を特許請求の範囲に加えることは、形式的には特許請求の範囲の減縮であっても、願書に添付した明細書又は図面に何等記載のない事項を付加するものであって、特許請求の範囲において意味するものがかえって不明瞭になるのである。

したがって、本件補正は、訂正請求書の要旨を変更するものであるから、不適法である。

2  取消事由2(本件訂正についての特許法126条1項、2項の要件に関する判断の誤り)

(1)  審決は、本件訂正のうち、②の訂正、すなわち、特許請求の範囲の末尾の「製造方法」の後に「(但し融着面がオス-メス型の凹凸形状または入り組んだ接合面となっているものを除く)」を加入する訂正(以下「②の訂正」という。)は、特許請求の範囲の減縮に当たり、新規事項の追加には当たらないものであると判断したが、誤りである。

②の訂正は、訂正前明細書に記載した事項の範囲内のものではない。また、この訂正は、本件発明から除外される範囲が不明確なものであるから、同法134条第2項1号ないし3号のいずれの事項を目的とするものでもない。

(2)  本件訂正のうち、④~⑦の訂正、すなわち、訂正前明細書の、④4頁11行の「製造方法」の後に「(但し融着面がオスーメス型の凹凸形状または入り組んだ接合面となっているものを除く)」を加入し、⑤8頁1、2行の「チック成形品は、両部材が立体的且つ一体的に融着している限り」を、「チック成形品は、両部材が立体的且つ一体的に融着していてしかも両部材の融着点がオスーメス型の凹凸形状や入り組んだ接合面となっていない限り」に訂正し、⑥9頁l0行の「従って、従来の嵌合法の如き」を、「従って、両者の融着面がオスーメス型の凹凸形状や入り組んだ接合面でないから、従来の嵌合法の如き」に、⑦10頁14行の「境界部にお」を、「境界部の形状がオスーメス型の凹凸形状や入り組んだ接合面でもないが、境界部にお」に訂正するという訂正は、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内のものではない。また、これらの訂正は、その意味する範囲が不明瞭な記載であるから、同法134条5項において準用する同法126条1項1号ないし3号のいずれの事項を目的とするものでもない。

(3)  したがって、本件訂正請求は、却下されるべきものである。

3  取消事由3(訂正発明についての特許法36条4項の要件に関する判断の誤り)

審決は、本件訂正後の本件発明に係る明細書(以下「訂正明細書」という。)の発明の詳細な説明の「住友TPE-SBシリーズ」は、特許請求の範囲の「スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマー」と同一物を意味すると認定したが、誤りである。

「スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマー」は、スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーの3種のポリマーブロックが線状に連結して構成される共重合体であって、例えば、(SSSS・・・S)-(EEEE・・・E)-(BBBB・・・B)-(SSSS・・・S)のように表される高分子化合物である。一方、「住友TPE-SBシリーズ」は、「SEBS」と称される共重合体であり、これは、スチレンポリマーとランダムエチレン-ブチレンコポリマーとのブロックコポリマー(以下「SEBS」という。)であるから、例えば、(SSSS・・・S)-(EEBBBEB・・・B)-(SSSS・・・S)のように表される高分子化合物である。当業者は、両者を別異の物質であると認識する。

以上のとおり、訂正明細書の特許請求の範囲には不備がある。

4  取消事由4(訂正発明について進歩性の判断の誤り)

(1)  引用例1記載の発明について

審決は、訂正発明の「ポリプロピレン樹脂を金型内に溶融射出成形し、その固化後、スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマーを溶融射出して、・・・一体的に融着成形させる」との構成(以下「構成a」という。)に関し、引用例1には、「溶融射出したものが融着して固定されることは・・・示唆もされていない。」(22頁8行ないし10行)と認定したが、誤りである。

SEBSとポリプロピレンとが融着して強固に結合するということは、引用例2及び引用例3に記載された公知の事実である。この事実が公知であることを前提に引用例1の記載を見る限り、そこには、射出成形により溶融したSEBSがポリプロピレン成形物に融着して固定されることが示唆されていることになるのである。

(2)  引用例1記載の発明と引用例3記載の発明の関連付けについて

審決は、引用例3に関して、「当該技術は射出成形技術と異なる板材の接着技術に関するものであるから、当該事項を上記甲第7号証(判決注・引用例1)記載の射出成形方法に適用して両者を融着することを想到すべき技術的動機を見いだすことはできない。」(22頁19行ないし23頁3行)と判断しているが、誤りである。

ア 確かに、引用例3の記載は、射出成形技術とは異なる接着技術に関するものである。しかし、引用例3には、ポリプロピレンとSEBSとを強力に融着することができることが極めて明瞭に記載されているのである。

イ 他方、引用例1には、SEBSを射出成形することによってポリプロピレン成形体と一体化させる技術が記載されている。

ウ SEBSとポリプロピレンとが融着して強固に結合するという事実が公知であることを前提に引用例1の記載を見る限り、引用例1記載の発明では、射出成形により溶融したSEBSがポリプロピレン成形物に融着していると解する以外にないのである。

そうすると、引用例1記載の発明と訂正発明との相違点は、引用例1記載の発明が、「入り組んだ接合面となっているものを除く」として除かれた技術的事項に相当するのに対して、訂正発明は、接合面が入り組んだ接合面になっていない点にあるのみである。

ところが、引用例3に記載されているように、SEBSがポリプロピレンに融着することが知られている以上、SEBSとポリプロピレンの接合面が入り組んでいない場合にも、射出成形技術を適用してSEBSをポリプロピレン成形物に融着させることは、当業者ならば容易に想到し得ることである。

エ 融着することが知られている二つの射出成形可能な材料を用いる場合に、射出成形により形成された成形物の上に、他の成形材料を射出成形して一体化された成形物を形成することは、当業者ならば何ら技術的な困難性を伴うことなく容易になし得ることであるから、SEBSをポリプロピレンに融着により固着するという公知の事実と、SEBS及びポリプロピレンが射出成形に用いられるという公知の事実とは、それらを関連付けることの十分技術的動機付けとなるのである。

(3)  引用例1記載の発明と引用例2記載の発明の関連付けについて

審決は、引用例2に関して、「溶融したポリオレフィン樹脂と、同じく溶融したクレイトンGすなわちスチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマーを一体化することが記載されているだけで、前記構成aについては記載も示唆もされていない。」(23頁4行ないし6行)と認定したが、誤りである。

引用例2には、ポリオレフィン層がポリプロピレンよりなる場合が明示されており、ポリプロピレン層とクレイトンG(SEBS)とが良好に融着することが明確に示されているのである。

引用例2記載の発明は、ポリオレフィン層上にSEBS等のエラストマー組成物を融着する発明であって、成形技術の一種であるので、この発明を、引用例1の射出成形技術に適用することは、当業者ならば何らの困難も伴うことなくなし得る事項である。

(4)  効果について

審決は、訂正発明の効果について、「本件訂正後の発明は構成aをその構成の1部に具備することによって、前記甲号証から予測できない明細書記載の顕著な効果を奏したものである。」(23頁15行ないし18行)と認定したが、誤りである。

訂正発明の作用効果は、ポリプロピレンに対してSEBSが融着するという性質に基くものであるから、当業者ならば直ちに予測できることであって、これを格別顕著な効果とすることはできない。

第4被告の反論の要点

1  取消事由1(本件補正についての判断の誤り)について

「(但し融着面がオス-メス型の凹凸形状または入り組んだ接合面となっているものを除く)。」というような、いわゆる除くクレイムは、新規事項に該当しないものとして取り扱われるべきであり、特許庁の審査、審判でもそのように運用されている。

また、「融着面がオス-メス型の凹凸形状」は、本件発明に係る特許の無効審判事件において実願昭59-107969号明細書(以下「甲第25号証刊行物」という。)記載の発明が先行技術として引用されたため、本件発明の特許権者が、本件発明と甲第25号証刊行物記載の発明とを区別するために、本件発明から除いたものである。

したがって、当業者であれば、甲第25号証刊行物の記載事項が訂正発明には含まれないことが自明であり、また、特許権者である被告が公式にその旨を宣明しているのであるから、甲第25号証刊行物を参照すれば、その意味するところは当業者にとって明らかである。

2  取消事由2(本件訂正についての特許法126条1項、2項の要件に関する判断の誤り)について

「融着面がオス-メス型の凹凸形状」は、甲第25号証刊行物に実質的に記載された事項のみを意味しており、上記「融着面がオス-メス型の凹凸形状」は、本件発明に係る特許の無効審判事件において先行技術として引用され、本件発明の特許権者が、本件発明と甲第25号証刊行物記載の発明とを区別するために、本件発明から除いたものである。

したがって、当業者であれば、甲第25号証刊行物の記載事項が訂正発明には含まれないことが自明であり、また、特許権者である被告が公式にその旨を宣明しているのであるから、甲第25号証刊行物を参照すれば、その意味するところは当業者にとって明らかである。

3  取消事由3(訂正発明についての特許法36条4項の要件に関する判断の誤り)について

訂正明細書には、「スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマー」は、「『住友TPE-SBシリーズ』(商品名)として市場から入手し得る。」旨が記載され、さらに、実施例にも挙げられている。そして、「住友TPE-SBシリーズ」がSEBSであることは明らかであるから、訂正発明の「スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマー」が「住友TPE-SBシリーズ」若しくはSEBSを意味していることは、当業者が容易に理解できるところである。

本件発明の審査過程、拒絶査定不服の審判において、審査官はもちろん、当業者である多くの異議申立人も、審判合議体も、「スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマー」が、SEBSを意味していると理解している。さらに、本件発明に係る技術分野において著名な化学会社も、同様の理解において、被告といくつかの契約を締結している。

「熱可塑性エラストマーの新展開」(株式会社工業調査会1993年4月15日発行)には、「SBSを水素添加することにより、ポリスチレン(スチレンポリマー)とポリエチレン(エチレンポリマー)とポリブチレン(ブチレンポリマー)とからなるブロックコポリマーがSEBSである」旨を意味する記載がある。

以上のとおり、訂正明細書の記載は、特許法36条4項の規定に違反するものではない。

4  取消事由4(訂正発明についての進歩性の判断の誤り)について

(1)  引用例1記載の発明について

引用例1それ自体には、融着又はこれと同義の言葉は使用されておらず、「溶融射出したものが融着して固定されることは・・・示唆もされていない。」との審決の認定に誤りはない。

原告の主張は、引用例1記載の発明と他の証拠との関連付けの問題にすぎない。

(2)  引用例1記載の発明と引用例3記載の発明の関連付けについて

ア 引用例3記載の発明の国際特許分類はB29C(プラスチックの成形・・・・)であり、一方、引用例1記載の発明の国際特許分類はA61M(人体の中へ、又は表面に媒体を導入する装置)であって、両者は全く異なる技術分野に属する。

原告は、異なる技術分野であってもそれらを関連付けることが容易であるとの主張を裏付ける何らの証拠も合理的理由も挙げていない。一般に、ある種の技術分野の技術を、それとは異なる技術分野の技術に適用することが、いずれの技術分野の当業者にとっても容易ではないことは、自明というべきである。

イ 引用例3記載の発明は、SEBS等の接合要素を8~10ミル(1ミルは、1/1000インチ)の厚さに形成し、これをポリプロピレン等の熱可塑性非エラストマー要素の間にはさみ、特定の方法で接合要素を溶融し、固化させて熱可塑性非エラストマー要素を接合するものである。このように、引用例3記載の発明は、非常に薄いSEBS層5を溶融してポリピロポレン等の非エラストマー要素1、2を接合するのであるから、SEBS層5は接着剤として使用されているのであって、引用例1記載の発明のピストンヘッド28のように立体的な部材としての使用とは全く異なる使用の態様である。

もちろん、引用例1記載の発明では、ピストンヘッド28が、引用例3のSEBS層5のように溶融して原形をとどめなくなることはない。

また、引用例3記載の発明の熱可塑性非エラストマー要素1、2及び接合要素5は、いずれも射出成形によるものではない。

原告は、引用例3には、ポリプロピレンとSEBSとを強力に融着することができることが記載されていると主張する。しかし、引用例3の記載内容は上記のとおりであって、原告の主張は、引用例3の全体をみずに、都合のよい一部のみを抽出したものであって不当である。引用例3記載の発明においては、SEBS層5は接着剤として使用され、接合されるのは非エラストマー要素1、2であることを忘れてはならない。

ウ そのうえ、訂正発明は、ポリプロピレンとSEBSとを融着させるものではあるものの、構成a以外の点においても引用例1記載の発明とは異なるから、仮に、引用例3に、ポリプロピレンとSEBSとが融着していることが示唆されているとしても、これを引用例1に適用することによって訂正発明が構成されることはあり得ない。

(3)  引用例1記載の発明と引用例2記載の発明の関連付けについて

ア 引用例2記載の発明の国際特許分類はB32B(積層体)であり、引用例1記載の発明の国際特許分類はA61M(人体の中へ、又は表面に媒体を導入する装置)であり、両者は全く異なる技術分野に属する。このように全く異なる技術分野に属する技術を関連付けること自体、当業者にとって容易ではないのである。

イ 引用例2記載の発明では、非常に薄いポリプロピレン層26を溶融して、SEBSからなるボタン21をポリエステルフイルム24に接着させている。このように、引用例2記載の発明のポリプロピレン樹脂は、接着剤として使用されているのであって、それは、引用例1記載の発明における相互連結部14のような立体的な部材としての使用とは、全く異なる使用の態様である。もちろん、引用例1記載の発明ではポリプロピレンからなる相互連結部14は、引用例2記載の発明のポリプロピレン層26のように溶融することはない。

さらに、引用例2記載の発明においては、ポリプロピレン層26も、SEBS21も、いずれも射出成形により形成されたものではない。

原告は、引用例2には、ポリプロピレン層とクレイトンG(SEBS)とが良好に融着することが明確に示されていると主張する。しかし、引用例2の記載内容は上記のとおりであって、原告の主張は、引用例2の全体をみずに、都合のよい一部のみを抽出したものであって不当である。

ウ そのうえ、訂正発明は、ポリプロピレンとSEBSとを融着させるものではあるものの、構成a以外の点においても引用例1記載の発明とは異なるから、仮に、引用例2に、引用例1記載の発明におけるポリプロピレンとSEBSとが融着していることが示唆されているとしても、それによって訂正発明が構成されることはあり得ない。

(4)  効果について

訂正発明では、2種の合成樹脂、すなわち、射出成形によってポリプロピレン部材とSEBS部材とから、一体的かつ立体的成形物を成形する場合、両部材の接合には何らの接着剤も必要とせず、また、両部材の接合に当たりポリプロピレンとSEBSの接合面を、オス-メス型の凹凸形状にも入り組んだ接合面にもする必要がない。訂正発明は、このように、極めて経済的に、一体化した優れた複合プラスチック成形品を提供することができるという、各引用例に記載されていない顕著な効果を奏する。

第5当裁判所の判断

取消事由4(訂正発明についての進歩性の判断の誤り)について判断する。

1  各刊行物の記載事項について

甲第15ないし第18号証によれば、甲第15号証刊行物、引用例1ないし3には、上記各刊行物に記載されている事項として審決の認定した事項(審決書15頁10行ないし20頁8行)が記載され、さらに、引用例2には、「ポリプロピレン・・・は、溶融のためにやや高い温度を必要とするが、しかし、弾性体組成物に非常に強力に結合する。」(訳文4頁19行ないし21行)との記載もあることが認められる。

2  引用例1記載の発明について

審決は、引用例1には、「溶融射出したもの(判決注・SEBS)が融着して固定されること」(審決書22頁8行ないし9行)が記載も示唆もされていないと認定している。審決は、このように認定したうえ、この点を構成aに関する、訂正発明と引用例1記載の発明との相違点として把握しているものと解される。

そして、確かに、引用例1それ自体に、射出成形により溶融したSEBSがポリプロピレン成形体に融着して固定されることが示唆されていると認めるに足りる証拠はない。原告は、SEBSとポリプロピレンとが融着して強固に結合するということが、引用例2、3に記載された公知の事実であるから、これを前提とすれば、引用例1に、射出成形により溶融したSEBSがポリプロピレン成形体に融着して固定されることが示唆されていると主張する。しかし、上記引用例2、3に記載された事実を技術常識とまでいうことができないことは、原告の主張自体から明らかであるから、原告の主張するところは、結局、引用例1自体に原告主張の示唆があるということではなく、同引用例記載の発明と、他の公知技術である引用例2、3記載の発明とを関連付けて理解すべきであるということに帰する。

3  引用例1記載の発明と引用例3記載の発明の関連付けについて

(1)  前記1認定の事実によれば、引用例1記載の発明は、SEBSを溶融して射出成形することによって、固化しているポリプロピレン成形体と一体化させる技術であり、引用例3には、プラスチック等の接合ないし接着技術として、SEBSの温度を融着温度まで高めることによって、ポリプロピレンとSEBSが強力に融着することが記載されているものと認められる。

(2)  引用例1記載の発明と引用例3記載の発明は、いずれもプラスチックの成形加工に関する技術であるから、技術分野の親近性が非常に高いものというべきである。甲第33号証によれば、中條澄著「エンジニアのためのプラスチック教本」(1997年12月1日株式会社工業調査会発行)264頁には、「第7章 プラスチックの成形加工 表7.4 成形方法の種類」として「射出成形」、「接着(溶接を含む)」があげられていることが認められ、このことは、プラスチックの射出成形技術である引用例1記載の発明と、プラスチックの接着技術である引用例3記載の発明の技術分野の親近性が非常に高いことを裏付けるものである。

この点に関して、被告は、引用例3記載の発明の国際特許分類はB29C(プラスチックの成形・・・)であり、一方、引用例1記載の発明の国際特許分類はA61M(人体の中へ、又は表面に媒体を導入する装置)であって、両者は全く異なる技術分野に属すると主張する。しかし、引用例1記載の発明と引用例3記載の発明は、いずれもプラスチックの成形加工に関する技術であって、技術分野の親近性が非常に高いことは前認定のとおりであり、このことは、プラスチックを成形加工して製造された物が何であり、その国際特許分類が何であるかということによって影響を受けるものではない。被告の主張は採用することができない。

(3)  引用例1及び引用例3に接した当業者は、引用例3から、ポリプロピレンとSEBSが強力に融着することを認識し、引用例1記載の発明のSEBSも、融着温度まで高めて溶融して射出成形することによって、ポリプロピレン成形体に融着して固定することを容易に想到することができたものと認められる。

この点に関して、被告は、①引用例3記載の発明において、SEBS層5は接着剤として使用されているのであって、引用例1記載の発明のピストンヘッド28のように立体的な部材としての使用とは全く異なる使用の態様である、②引用例1記載の発明では、ピストンヘッド28が、引用例3のSEBS層5のように溶融して原形をとどめなくなることはない、と主張する。しかし、当業者が、引用例3から、ポリプロピレンとSEBSが強力に融着することを認識することは、前認定のとおりである。そうである以上、当業者が、引用例1記載の発明のSEBSも、ポリプロピレン成形体に融着して固定することを容易に想到することができたことは明らかであって、このことは、引用例3記載の発明におけるSEBSの使用の態様や、引用例1記載の発明のピストンヘッド28が原形をとどめなくなるか否か等にかかわるものではない。

また、被告は、引用例3記載の発明の熱可塑性非エラストマー要素1、2及び接合要素5は、ともに射出成形によるものではないと主張する。

しかし、引用例1記載の発明と引用例3記載の発明が、いずれもプラスチックの成形加工に関する技術であって、技術分野の親近性が非常に高いものである以上、上記被告主張の事実は、当業者が、引用例3から認識される、ポリプロピレンとSEBSが強力に融着するという技術事項を、引用例1記載の発明に適用することの妨げとなるものではない。

(4)  なお、引用例1記載の発明は、融着面が入り組んだ接合面となっているから、この点でも、訂正発明とは異なるけれども、SEBSがポリプロピレン成形体に融着して固定するとの知見を前提にする限り、その融着面を、オス-メス型の凹凸形状又は入り組んだ接合面からそのいずれでもない接合面に変更することは、設計的事項の範囲にあるものというべきである。

4  引用例1記載の発明と引用例2記載の発明の関連付けについて

(1)  引用例1記載の発明は、SEBSを溶融して射出成形することによって、固化しているポリプロピレン成形体と一体化させる技術であることは、前認定のとおりである。一方、前記1認定の事実によれば、引用例2には、SEBSを溶融してスクリュー型押出機で押出し、この溶融したSEBSに配向ポリエステル重合体層とポリプロピレン層からなる二層構成のフィルムのポリプロピレン層が接することによって、ポリプロピレンが溶融し、冷却時にポリプロピレンとSEBSが強力に融着することが記載されているものと認められる。

(2)  引用例1記載の発明と引用例2記載の発明は、いずれもプラスチックの成形加工に関する技術であるから、技術分野の親近性が非常に高いものというべきである。甲第33号証によれば、前掲「エンジニアのためのプラスチック教本」264頁には、「第7章 プラスチックの成形加工 表7.4 成形方法の種類」として「射出成形」、「押出成形」、「接着(溶接を含む)」があげられていることが認められ、このことは、プラスチックの射出成形技術である引用例1記載の発明と、プラスチックの押出成形技術ないしこれと接着技術の複合技術というべき引用例2記載の発明の技術分野の親近性が非常に高いことを裏付けるものである。

この点に関して、被告は、引用例2記載の発明の国際特許分類はB32B(積層体)であり、引用例1記載の発明の国際特許分類はA61M(人体の中へ、又は表面に媒体を導入する装置)であって、両者は全く異なる技術分野に属すると主張する。しかし、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明は、いずれもプラスチックの成形加工に関する技術であって、技術分野の親近性が非常に高いことは前認定のとおりであり、このことは、プラスチックを成形加工して製造された物が何であり、その国際特許分類が何であるかということによって影響を受けるものではない。被告の主張は採用することができない。

(3)  引用例1及び引用例2に接した当業者は、引用例2から、ポリプロピレンとSEBSが強力に融着することを認識し、引用例1記載の発明のSEBSも、溶融して射出成形することによって、ポリプロピレン成形体に融着して固定することを容易に想到することができたものと認められる。

この点に関して、被告は、引用例2記載の発明においては、非常に薄いポリプロピレン層26を溶融して、SEBSからなるボタン21をポリエステルフイルム24に接着させており、ポリプロピレン樹脂は、接着剤として使用されているのであって、それは、引用例1記載の発明における相互連結部14のような立体的な部材としての使用とは、全く異なる使用の態様であると主張する。

しかし、引用例2に、ポリプロピレンが、溶融したSEBSに接することによって溶融し、冷却時にSEBSと強力に融着することが記載されていることは前認定のとおりである。そうである以上、引用例2に接した当業者は、引用例1記載の発明のポリプロピレン成形体も、溶融して射出されたSEBSに接することによって、その接している部分が溶融し、冷却時にSEBSと強力に融着して固定することを容易に想到することができたことは明らかであって、このことは、引用例2記載の発明におけるポリプロピレンの使用の態様が立体的な部材であるか否かにかかわるものではない。

また、被告は、引用例2記載の発明においては、ポリプロピレン層26も、SEBS21も、いずれも射出成形により形成されたものではないと主張する。

しかし、引用例1記載の発明と引用例3記載の発明が、いずれもプラスチックの成形加工に関する技術であって、技術分野の親近性が非常に高いものである以上、上記被告主張の事実は、当業者が、引用例2から認識される、ポリプロピレンとSEBSが強力に融着するという技術事項を、引用例1記載の発明に適用することの妨げとなるものではない。

(4)  なお、SEBSがポリプロピレン成形体に融着して固定するとの知見を前提にする限り、引用例1記載の発明において、その融着面を、オス-メス型の凹凸形状又は入り組んだ接合面からそのいずれでもない接合面に変更することが設計的事項の範囲にあるものであることは、前認定のとおりである。

5  効果について

甲第12号証の2(本件補正に係る手続補正書)によれば、訂正明細書には、「本発明方法によれば、硬質プラスチック成形材料であるポリプロピレン樹脂と軟質プラスチック成形材料であるスチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマーとの複合プラスチック成形品が単なる両者の射出成形で得ることが出来る。従って、両者の融着面がオス-メス型の凹凸形状や入り組んだ接合面でないから、従来の嵌合法の如き複雑で高価な金型の使用は不要となり、又、接着剤も全く使用する必要がないので極めて経済的に、一体化した優れた複合プラスチック成形品を提供することが可能となった。」(全文訂正明細書4頁下から2行ないし5頁6行)との記載があることが認められ、この記載によれば、訂正発明は、この記載のとおりの効果を奏することが認められる。

しかし、訂正発明の上記効果は、同発明の自明の効果であって、これを当業者が当然に予測できたことは明らかである。これをもって、特許性の根拠にすることはできない。

6  まとめ

以上のとおりであるから、訂正発明に進歩性を認めた審決の認定判断は、その余について判断するまでもなく、誤りであることが明らかであり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことも明らかである。

第6よって、その余につき判断することなく原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

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